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なぜ水が蒸発すると冷えるのか

水を腕にふきかけると涼しい

霧吹きで腕に水をふきかけると、乾くのと同時に少しひんやりとします。 これは水の蒸発反応が起きる時に熱が奪われるからです。

この現象のメカニズムについて、考えてみます。 考えるポイントは次の2つです。

  1. なぜ水の蒸発反応は熱を奪うのか
  2. なぜ水の蒸発反応が起きるのか

1つ目については高校までの教育で習った覚えがありますが、2つ目については私が学生の頃には明確な答えを教えてもらっていませんでした。(最近の学習指導要領には追加されたようです。)

なぜ水の蒸発反応は熱を奪うのか

一言で言うと、H2O(液体)よりH2O(気体)のほうがエンタルピー(記号はHH)が大きいからです。

「エンタルピー」は物質そのもののエネルギーの呼び方です。そのまま「エネルギー」という呼び方でもいいのですが、この単語にはいろいろな意味があって混乱する(特に、今後出てくる「自由エネルギー」という単語と混ざる)ので、この記事では「エンタルピー」という単語を使います。

気体のほうがエンタルピーが大きい主な理由は、水を液体から気体にするときに水素結合を切る必要があるからです。

2つの磁石のN極とS極を近づけると磁石がパチンと音を立ててくっつきますが、水分子同士でも似たようなことが起こっているイメージです。 磁石が離れている状態が気体、くっついている状態が液体です。さらに詳しくいうと、H2OのOの部分がマイナスの電荷を持ち、Hの部分がプラスの電荷を持つのでお互いに引き合います。

くっついた磁石を離すときには「人間が磁石を引張る」などエネルギーを加える必要がありますよね?エンタルピーは、「物質をその状態にするために必要なエネルギーの総量」ですので、くっついている水分子同士を離すのにエネルギーが必要な分、気体のほうがエンタルピーが大きくなります。

磁石を離すときには人間が引張るなどの仕事が必要でしたが、水が蒸発するときには仕事の変わりに「周囲の熱」によってエンタルピーの変化を賄うので周囲が冷えます。

なぜ水の蒸発反応が起こるのか

水の蒸発反応が熱を奪うことについては、気体のエンタルピーのほうが大きいことを認めれば納得できます。 しかし、エンタルピーが低くなる方向に向かって反応が起こるのは直感的には納得できません。

先ほどの磁石の例に戻って考えると、「離れていた磁石が勝手にくっつく」ことは起こり得ても、「くっついた磁石が周りの熱を吸収しながら勝手に離れる」ことはまず起こりません。

ここで肝になるのがエントロピー(記号はSS)という量です。 発熱するか吸熱するかはエンタルピーの大小で決まりますが、反応が進むかどうかはエンタルピ−HHに加え、エントロピーSSの大小も含めて決まります。 答えから言うと、水の蒸発反応はエンタルピー観点では確かに起こりづらいのですが、それ以上にエントロピー観点では反応が起こりやすいため反応が進むのです。

エントロピーの考え方

エントロピーという単語はとっつきにくいですが、「状態の数」(高校数学の言い方だと「場合の数」)に対応する概念だと思っておくと直感的に分かりやすいです。 エンタルピー変化がない場合は、エントロピーが大きくなる方向に反応が進みます。

エントロピーについてイメージしやすい例として、水の中にインクを垂らし、インクが広がっていくという現象について考えます。インクの分子1つ1つに注目するとどちらに進んでもエンタルピーは変化しないので各分子はランダムに水中を動き回ります。この1分子の動きを録画しておいて逆再生しても不自然ではありません。しかし、インク全体としてみると全体に広がるような現象が起こっており、全体を録画しておいて逆再生すると明らかに不自然です。

この現象を簡単なモデルで考えてみます。

16マスの升目を用意し、次の2つの状態を考えます。

  • 状態1: 中央4マスを塗りつぶす
  • 状態2: どれか4マスを塗りつぶす

状態1が「最初のインクが広がっていない状態」、状態2が「インクが広がった状態」です。 「録画したインクの動きを逆再生したら不自然」というのは、「状態1から状態2になることはあっても状態2から状態1になることはなさそうだな」という直感に対応しています。

この直感は「状態数(組み合わせの数)」によって説明できます。 それぞれの状態の状態数を計算してみます。

  • 状態1: 1通り
  • 状態2: 16C4=1820_{16} C_{4} = 1820通り

このように、圧倒的に状態2のほうが起こりやすく、実際の現象としても起こりやすい状態に変化していきます。

エントロピーは状態の数に対応すると述べましたが、具体的には

S=kBlnWS = k_B \ln W

という式で表せます。ここでkBk_Bはボルツマン定数という定数で、WWは状態の数です。 (ちなみにボルツマンのお墓にはこの式が書いてあるそうです。)

H2Oが液体から気体になる反応も同様のモデルで表すことができます。液体の場合はコップの中などの限られた空間に分子が集まっていますが、気体になるとより広い空間に自由に存在できるので状態数が爆発的に増える(エントロピーが大きくなる)のです。そして、このエントロピー変化の効果がエンタルピー変化の効果より大きいことで、水の蒸発が進みます。

自由エネルギー

今回の記事では詳しくは説明しませんが、エンタルピーHHの効果とエントロピーSSの効果を合わせた値を自由エネルギー(記号はGG)と呼び、次のような式であらわされます。

G=HT×SG = H - T \times S

ここでTTは温度を表します。反応はGGが小さくなる方向に進みます(熱力学第二法則)。

水の蒸発のケースでは、エンタルピーHHは大きくなりますがそれ以上にエントロピーSSが大きくなる効果が大きく、トータルではGGが小さくなるので、蒸発反応が進みます。